
豊かな生活をすると云うことは、もちろん悪ではない。しかし、その豊かさの定義がどのようなものかとなると、単なる物質的なモノの所有や贅沢尽しの財を利用するということになると問題が多い。自然との調和がないこと、あるいは精神的な健康とかけ離れていることも、人の本来の充足感を満たすものではないのではなかろうか。これまで多くの場合、豊かさの定義の中に精神的な、情緒的な豊かさが忘れ去られていたものが、復活してきていると言える。もちろん、ハイペースの中で仕事をしている人にとって、経済的な余裕がない限り、精神的や情緒的な余裕を求めることさえ難しいのかもしれない。しかし、アメリカにいるとそれを求める人々が徐々に増えてきている気がする。資本主義の牙城とも言われるアメリカが、変化していることが面白い。
私は個人的に長いこと合気道の指導をしてきているが、昔はセルフ・ディフェンス、つまり護身術のためということが多かったが、最近ではより精神的な充足感を求めて来る人が多い。ロハスのコンセプトをまとめたポール・レイ博士、シェリー・アンダーソン博士なども、彼らの名著The Cultural Creativesの中で、ヨガ関係のビデオの販売がディズニーのライオンキングのアニメのビデオ販売を凌駕したと書き記したのがもう8年以上も前だ。


この記事は、ニューヨークタイムズの記事なので、同地域に近いアシュラムや禅瞑想場のことを書いているが、この現状はアメリカ中に広がっていると言って良い。特にボールダーは、ナロッパ仏教大学がある街でもあり、チベット仏教の一大センターでもあるシャンバラセンターの所在地としても知られるので、特にこの街の人々の中で瞑想をする人は多い。
現代社会は、大量生産方式を打ち出してきたことから、過剰消費を奨励し、その中で多くの人は、疑問を持ち始めてきたと言える。複雑怪奇な生活も、便利になった側面は喜べるとしても、ストレスが増えたのも事実。だからこそシンプルライフも求められるようになるのはおかしなことではない。ボールダーのロハス的な生活が、一つの回答を出してくれている気がする。
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