地球の温暖化の危機的状況になっていることで、やっとこの問題に注目が始まってくるときに、時代に逆行するような動きが出ている。しかも、その動きは、自然が美しく、自然保護派の人が多いオレゴン州と云うから驚かされる。
何が起こっているかと云うと、急騰をしているガソリン価格のために、多くの人がより燃費の良い小型車(ハイブリッドなど)に乗り換えたり、無駄なクルマでの移動を最少限に抑えたり、相乗りなどを促進させたりしていることで、ガソリンの消費が頭打ちになっていること、今後もさらに減少をするだろうと見込まれてきているからだ。アメリカにはなくてはならないハイウェーの建設財源は連邦や州が課すガソリン消費税から徴税されていることがほとんどの例。歳入が減れば、道路財源が減ると云う仕組みになっており、縦割り行政のお役人や建設業と関係の強い政治家が問題にし始めていると云う。
オレゴン州は、検討の段階から、近い内に対策を限定的テストを行なおうとしている。その対策と云うのは、クルマの走行距離を計測して、ガソリンスタンドへ給油するために寄ったときに、走行距離税を支払わせようと云うもの。しかも、州境の人がワシントン州やその他の州へ移動をしているときは非課税にするために、クルマに簡易GPSを設置して、州外に出たら課税しない方向でやろうとの実験をしようとしている。
走行距離をベースに計算をされて計算をされると、まだ割高のハイブリッドなどを折角買った人や、もともと燃費の良いクルマを持っている人が、効率にかかわらず、無駄の多いガス・ガズラーを乗っている人と同じベースで課税されることになり、燃料節約をしようとするモチベーションは少なくなるであろう。全くとんでもない考えとしか言いようがない。
日本も長い間、タバコの専売などで国庫はタバコを売ることで潤ってきた。そのタバコが人の健康に害あると知っていても、国庫歳入が重要視されていた時代がある。タバコのせいで、肺ガンやその他の病気が増えている中でもそれを止めようとする機運になるまで、相当の期間がかかった。総合的に見て、ことの良し、悪しを判断せずに動いているのが今回のオレゴンのケースだろう。
もちろん、道路は、アメリカ経済の基幹となっており、それを簡単にないがしろにすると云うことはできないだろう。より大きな政策上の検討がなされるべきであることは明白だ。しかし、自動車の文明が、現在のアメリカの都市構造を作り上げたのなら、今後の資源や環境の点から、都市への回帰が行なわれ、公共交通機関を多用する新たなアメリカの都市形態へ動く可能性もある。もちろん、数年でこれが行なわれるとは限らないが、すでに、ボールダーとデンバー回廊をライトレール鉄道網で繋ぐ計画がされており、5−6年先にはそれが完成されるだろう。クルマの存在で無差別的に広まっていたUrban Sprawl(都市乱開発)に変化をもたらすかもしれない。
アメリカでニューアーバニズムは職住一致の形態を強めており、通勤時間・距離を短く、多形態の業態が混合する都市設計になりつつある。オレゴンの問題は、一朝一夕で解決できるものでないが、それが、アメリカ社会のおかれている矛盾を表面化して議論を高めていることで大きく評価をしたい。
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